五十嵐忠則(いがらし・ただのり)

昭和18年12月3日、富山市生まれ

昭和53年より神奈川県奥湯河原の海石榴・山翠楼に

総料理長として30年以上勤めた。

一時は日本で10本の指に入ると言われた老舗料亭旅館。

2013年に経営者が代わるまで、腕をふるった。

和食の持つ繊細さ、季節感と料理の幅をお客様に伝える事を

自らの第一の使命とし、伝統に裏打ちされた確かな技術と、

斬新なアイデアを組み合わせた「本当においしい料理」を提供し続けていた。

また、家庭画報・婦人画報の特集に何度か掲載されると共に、

雑誌・TVと多くのメディアに注目され続けた。

全国の名だたる旅館の料理組合からも高く評価され、

退陣された今も尚、多くの相談が持ち込まれる。

現在、「関西調理師永朋舎」取締役・執行役員運営相談役。

食の文化の担い手の育成に務めている。



「和食のおもしろさ」

和食は、使う調味料が多い。出汁とのかねあいで、どんな味つけにもなる。料理の幅が広く、季節によって食材がいろいろ出てくる。その組み合わせによって、いろいろな料理ができる。さらに、新しいものを作り出す可能性が無限にあるのが和食のおもしろいところ。自分の考案した料理が、数年してまねされて広まり、TV番組などで紹介されているのを見ると楽しい。また、和食には、調理方法のバラエティが広いという楽しさもある。先日も、なまこを直火で焼いてみた。伊豆「浅葉」の料理長から電話で料理方法を聞かれたりすることもある。料理人同士で情報交換はけっこうひんぱんにやっている。

この食材は、どうやったらいちばんおいしいかを考えるのが楽しい。個性がなく、味のつけようがない食材でも、焼いてから煮たり、揚げてから煮たり、違った調味料を使ってみたり….と、いろいろ工夫する。結局、料理は、おいしくなければしかたない。見た目、盛り付けも大事だが、基本は「味」だと思う。

「料理について大切なこと」

「料理」は「理」を「料る」と書く。どんな食べものにも「理屈」(調理の理論)がある。たとえ、お惣菜のきんぴらごぼうでも、それがどうしておいしいのかを考えることが大事。理屈を考えないと、新しいものは考えられない。頭を使うこと。それが重要。

料理のアイディアを考えるときは、ひとりで鉛筆をもって机の上で考えていてもだめ。人の話を聞いたり、人と話をしていると思い浮かぶことがある。街を歩いていて、ウィンドウのディスプレイを見ていて、盛り付けのヒントを得ることもある。ジャスやクラシックなど、いい音楽を聴くも大事だと思っている。要は、自分の感性をつねに磨いておくことだろう。

和食(とくに懐石は)「お茶事」が基本。お金を払ってくださるお客さんに対して、「おもてなしの心」を持たなければいけない。そして、「粋」であることも大切だ。「Simple is best」。この“simple”が決まらないと、野暮ったい料理になってしまう。

究極的に言えば、和食は、お酒のつまみ。飲めない料理人はだめ。

「味」が基本と言ったが、「器」も大切。器と料理がぴったり合ったときの喜びは、はかりしれない。そんなとき、とても心が豊かになる。いい器にめぐりあわないと、浮かばない料理もある。それほどに、器と料理は切り離せない関係にある。